シンドラーのリストのあらすじは?なぜ全編英語で撮影されている?

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­『シンドラーのリスト』は、スティーブン・スピルバーグ監督による1993年の作品(日本公開は1994年)。アカデミー賞では作品賞を受賞し、日本でも大ヒット。

この記事では『シンドラーのリスト』のあらすじと、登場人物の多くがドイツ人やユダヤ人であるにもかかわらず、なぜ全編英語で撮影されたのか?を解説していきたいと思います。

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キャスト

◯リーアム・ニーソン(オスカー・シンドラー)

◯レイフ・ファインズ(アーモン・ゲート)

◯ベン・キングスレー(イツァク・シュターン)

『シンドラーのリスト』あらすじ

第二次世界大戦、一人のドイツ人実業家が金儲けを企んでいた。

名前はオスカー・シンドラー。

彼は戦争を自らの商売の勝機と考え、事業に乗り出す。

その方法とは、戦争で不足してくる鍋や釜などのホーロー製品を大量に製造し、ドイツ軍に売りさばくこと。

できるだけ人件費を抑えたいシンドラーは、安い賃金で雇うことができるユダヤ人を集め、自らの営業手腕と、賄賂までをも使い、工場を作って事業を展開。

シンドラーの工場の業績は順調に伸びていき、事業は成功。シンドラーは大金を手にする。

しかしながら、それに並行して戦況も悪化。

次第にヒトラーのユダヤ人迫害の政策も激しさを増していく。

それを横目でずっと見てきたシンドラーは、考えが変わっていく。

ユダヤ人を救いたい、と。

『シンドラーのリスト』あらすじ&ネタバレ

最終的にシンドラーは私財を投じて、ユダヤ人たちを雇い、工場では不良品の製品をつくって出荷してしまいます。

目的が、金儲けからユダヤ人の救済に変わっていったのです。

やがてドイツは敗戦。ナチスの党員であったシンドラーは追われる身になり、妻と二人で工場を後にします。

シンドラーに救われたユダヤ人たちに涙で見送られなら…。

エンドロールでは、シンドラーの墓に(シンドラーは1974年に逝去)彼に実際に救われたユダヤ人たちが行列を作り、1人1人が石を置いていきます。

そこで感動的なのは、映画の中で演じた役者が、自分が演じた本人の隣に付き添っていること。

シンドラーの妻は高齢で車椅子でしたが、やはり妻を演じた女優が付き添って一緒に石を置いていました。

『シンドラーのリスト』はなぜ全編英語で撮影されたのか?

ポーランドが主な舞台で、主要登場人物も、ドイツ人やユダヤ人の『シンドラーのリスト』ですが、ほぼ全員が英語で会話しています。

その理由は、スピルバーグ監督は「字幕にしてしまうと、観客はそちらに気をとられて映像を追うことが疎かになってしまうから」という趣旨のことを話しています。

リアルでドキュメントタッチで描かれた映像をすべて目に焼き付けてほしい、との願いが込められているのでしょう。

事実、真に迫る圧倒的なこの作品の中では、使われている言語などどうでもよくなるくらいの迫力があります。

『シンドラーのリスト』その後の考察

シンドラーは、戦争終結後は、運にも恵まれず、事業もことごとく失敗してしまいます。

その噂を聞きつけたシンドラーに救われたユダヤ人たちは彼をエルサレムに招きます。

そのようにかつて自身が救ったユダヤ人たちに助けられながらも、1974年、66歳で生涯を閉じています。

映画なので、脚色されたり、ある意味では美化されている部分もあるとは思います。

しかしながら、彼に命を救われた多くのユダヤ人がいることは事実です。

彼が生きた時代背景は今とは異なりますが、勇気を持って行動を起こすその心に触れられる『シンドラーのリスト』。

機会があれば是非観ていただきたい一本です。

※おまけ

映画中盤、ユダヤ人の青年がナチスのパトロールをやり過ごすシーンがあるのですが、珍しくスピルバーグがミスをしています。

そのシーンは、ユダヤ人の青年が道路に散らばったカバンなどを片付け、私はナチスの親衛隊です。と本物のナチスたちに敬礼する場面。

ユダヤ人青年とナチスたちを交互に映すのですが、その時ユダヤ人の青年の足元に置いてあったカバンが一瞬で移動しているのです。

スピルバーグというより、編集のミスなのでしょうが、あまり知られていない事実なので、ぜひチェックしてみてください。

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